Search


Category Archives

2008年04月09日

西遊記の成立

本当西遊記の作者って知っていましたか?

金陵世?堂版西遊記宋代には原型となる説話「大唐三蔵取經詩話」(三蔵が猴行者(猴(サル)の行者)を連れ取経の旅をする)が存在していた。西遊記で今残っている最古のものは元代の西遊記の逸話を収録したとみられる朝鮮の書『朴通事諺解』(1677年)によるものである。写本は科挙を目指す書生たちが息抜きに作成していったと思われ、書き写される度に詩文・薀蓄が追加され、拡張され、また、戯曲の雑劇「西遊雑劇」として好んで上演された。明の時代には多数の西遊記があった。代表的なものは『西遊記傳』(楊至和本)、『唐三藏西遊傳』(朱鼎臣本)など三種のうちその最も膨らんだ姿が、万暦20年(1592年)金陵世徳堂の刊行した『新刻出像官板大字西遊記』(作者名なし 通称は世徳堂本)である。

その後、明末期に蘇州刊本『李卓吾先生批評西遊記』があり、内閣文庫に収蔵されているが、本文は世徳堂本とほぼ同じである。岩波文庫の刊行する西遊記(中野美代子訳)[1]はこれの全訳である。もちろん他の小説と同様、李卓吾の名は刊行元が価値をつけるために勝手につけたものである。

これら(繁本)は分量が多すぎたため、清代には商業ベースを考慮したダイジェスト(簡本)が『西遊証道書』(康熙初年 その序に作者を長春真人丘処機(丘長春)としてあり以降、清代の西遊記の作者とされた。)をはじめ多く刊行されるようになったそれらの内容を比較するとそれぞれ一長一短であるが、最もバランスよく整理されたといわれる、少し大きめの簡本が康熙33年(1694年)刊行の『西遊真詮』である。平凡社刊行の『西遊記』(太田辰夫・鳥居久靖訳)[2]がこれの翻訳である。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
札幌デリヘル
福岡デリヘル

Recent Entries

  1. 西遊記の成立